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手にした時計は、生きるリズムを刻むようにひとつひとつ時を刻む。
シンデレラから預けられたそれを手に、俺は進むべき道を再度描く。
終わらせる、という事は、簡単なようで難しいのかもしれなかった。
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[side:人魚]
「…なんならあなたも、私の傍に置いてあげましょうか?…荊」
目の前の人物の瞳が、小さく震えた気がした。
昔私の種族の長に伝えられた愛することへの最大の行為。
それを相手に求めて何がいけないと言うのか。
愛しても愛しても報われず一人になるなら。どうせ一人になるならいっそ、私の手で終わらせるのが最大の愛だと思えた。
「っ、ふざ、っけんな!なんだってお前ら皆して死ぬとか殺すとか言うんだよ!」
「わかりませんか?…それしか方法がないんですよ」
「オレは諦めねぇ!主人公になるために周りを殺さなきゃなんねぇなら、オレは主人公にならずに、お前らを」
「それをする力が君にあると?」
「…っ!」
一歩、歩みを進める。後ずさりされることはなかった。
彼との距離が一歩分詰まれば、その首は簡単に手中に収まる。
手の平に伝わる喉の上下に僅かな昂揚を感じれば、ゆっくりとその手に力をこめた。
「私はね、皆が大事だからこうするんですよ」
「オレのやり方と、お前のやり方は、違う!」
「そう、思考など生きるもの全て違う。少し似ていたとしても、それは別な物なんです。相容れず、すれ違い、綻び、そしてまた紡がれる。それが人というもの」
少しだけ力の入る指先に荊は眉をひそめた。
「だからね、一緒に新しい世界に行きましょう」
「そんな世界…断る!」
叫びと共に彼の周りから幾重もの荊が生え、自分の体を包む。
荊を模したそれは光の粒子のようで、それが彼に与えられた力なのだと気づく。
「逃げんのは好きじゃねぇ…けどな、今のお前じゃ話になんねぇのはわかった」
「おや、私は私なのに…」
「いや、違う。お前はオレの知ってる人魚じゃねえよ。…あいつも、皆少しずつおかしくなってる」
「…で?君は何を?」
「こんな状況にした張本人でも捕まえてやらぁ」
「…ふふ」
「なんだよ」
「いえ、なんでも。…自分で首を絞めることにならなければいいですね」
私から離れれば一瞥し、強い視線を投げつけてから、彼は消えた。
「まぁ、きっと彼もこちら側に…いや、彼の場合は先に『壊れて』しまうかもしれませんけどねぇ…」
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[side:アリス]
「いない…」
白雪のお姉ちゃんと別れてからたどり着いた荊に囲まれたお城。だけどその中に人影はなかった。
少し悩んでから分厚い本の表紙をめくる。
荊のページをめくれば、お話の続きが少しだけ増えている。
お城からでて、赤頭巾のお兄ちゃんの所に行って、…その次は真っ白だった。
「ありゃ、白紙…。でも、これなら赤頭巾のお兄ちゃんの所なのかなあ」
「…アリス?」
「へ?」
振り返ればそこにいたのはシンデレラだった。
私の姿を見て心底驚いたように目を丸くさせて、すぐにその表情は険しくなった。
「なんで君がここに?」
「え?えっと…その、本を見てたら物語がおかしくなっちゃって…」
「そんなもの、放っておけばいいだろう」
「で、でも、その、心配で…」
「心配してくれなど、誰も頼んでいない」
「心配は、頼まれてするものじゃないです」
「…、って、そうじゃない。問題はそこじゃない」
既に慣れた、シンデレラの冷たい言葉を気にせず言葉を返していれば、不意に彼の顔が困惑にかわる。
「…なんで君、ここにいる?」
「だから、心配で…」
「違う、そういう事じゃない。この世界…いや、僕らの世界は既にあの影の力で、主人公を決めるゲームの参加者じゃなきゃ入り込めないようになってる」
「…え?ゲーム、って、なんですか?」
「入れもしないし、出れもしない空間なのに…なんで君が」
「ま、待ってシンデレラのお兄ちゃん。話がわからないです、何を…」
「君も、参加者の一人なのか…?」
「…え?」
私を置いて推理する探偵のように呟くシンデレラについていくことが出来ずにうろたえる。
「アリス、君、ここに来る前に誰かに会ったか?」
「えと、白雪のおねえちゃんに」
「…白雪か。まああれなら何も話さないだろう…」
「どうしたの?何が起きてるの?」
「アリス。悪いことは言わないから今すぐ帰れ。心配なんて迷惑だ」
きっぱりと言い放つとシンデレラのお兄ちゃんは光の扉に手をかけて目の前から消えた。
今までとは全く違う突き放すような口調に少しだけ涙が出そうになったけど、私は今のシンデレラのお兄ちゃんの反応で、ここでどうしなきゃいけないかが解った気がした。
「お話を、元に戻さなきゃ…」
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[side:赤頭巾]
手にした銀時計が、かちりと針を進める。
それを聞くたびに、狼と一緒に腐敗した気持ちが浄化されるような気持ちになった。
「終わらせる、か」
手にした銃口をためらいもせずに自分の側頭部へと当てる。
迷いもなく引く、引き金。銃声。一瞬の焼けるような痛みの先。
…俺に待つのは死ではなかった。
『相変わらず一人遊びがすきだねぇ、君は』
生ぬるい血液を手の甲で拭い視線を泳がせればいつかの影が笑っていた。
血に塗れたヘッドギアを外すと床に投げ捨てる。指で側頭部を撫でれば重なるようについた銃口の跡に新しい傷が増えていた。傷といってもかすり傷のようなものだが。
『何度目の自殺ごっこだい?君は自分じゃ死ねないって知ってるだろうに』
「…いや、確認しただけだよ。どうしたら終わるのか、って」
『へぇ…じゃあもう逃げられないってわかったかい?』
影は纏わりつくように触れてくる。
その感触に不快感を感じることはなく、ただ、思考が止まっていくのを感じた。
『君はもう逃げられない。だったら壊せばいいって、…教えたよねぇ?』
「ああ、だから俺は、壊すことを選んだんだ」
『そう。この手を血で染めるなら、…大切な人の血にすればいい』
楽しげに笑う影に、ゆっくりと視線を移す。
そうして戻した手に握った銃には、終わることすら出来ない俺の、無価値な血液がこびりついていた。
「俺の…居る意味ってなんなんだ」
『なんだと思う?』
「わからない…。本当の俺は、今頃ただのんびり暮らしてんだろうな、とは思うさ」
『そうだねぇ…赤頭巾のお話は助けられて終わる。…でも君はどうだ?終わることも無く狂った世でただ必死に生きてる。
…君の場合、必死ってほどでもないかぁ…。ねぇ、死にたい?』
「わからない。死と終わりがイコールのような気にはなれない」
『なら、お友達皆壊しちゃおうか?』
その言葉に、顔見知りの姿が次々と思い浮かぶ。
手にした銀時計が止むことなくかちりかちりと針を動かす。
「それ、は」
『…君はね、生きている価値がないの』
「………な、に」
『かわいそうな君に教えてあげるよ。狂った世界に閉じ込められた哀れな主人公の結末をね。…君達はいわば不良品、無価値、存在しているのが間違いなのさ』
耳に響く針の音だけが、唯一俺を保っているような気さえした。
存在する意味がないのなら、なぜ、俺は、あんな苦しい日々を生きていたのか。
…いや既に、その行為すら生きていると言えたのか。
『使えないモノがどうなるか、わかるかい?廃棄処分、スクラップ…まぁ、つまりはゴミだよね』
「俺、は…」
『どうせ使えないモノなら、有効活用してあげるからさぁ…もっと楽しませてよ。
壊してよ、世界を。…君を支えていた世界をね』
手が震えたのは、恐怖なのか。
耳に響く囁きは、天啓なのか。
体を支えるように影が俺の腕を取り、銃を構えさせる。その先にあるのは、いつの日か皆で撮った写真だった。
「…いや、だ。やめろ、嫌だ…!」
『壊しなよ。こおんな風に…』
自由が利かないその腕に握られた銃は引き金を引かれる。
「…やめろ…!」
その銃弾は、真っ直ぐにその写真たてに向かって、そこに切り取られた小さな世界をいとも簡単に壊す。
俺の唯一の支えとも言えた、あの幸せな日々の欠片を。
『あはははは!あーあ…壊れちゃったねぇ…。こんなに脆いんだよ、世界なんて』
『ほら、誰から壊しにいこうか…?』
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永遠などはない。
ならば、それに変わる世界に君を連れていけばいいだけ。
To Be continued