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これは貴方の知る童話とは、また少し違う世界でのお話。
全てが【めでたし】でおわり、幸せになれるはずの主人公たち。
だが、ここではそれは違っていた。
自分以外の世界の全てが眠りについてしまった少年。
平穏を嫌い世界が変わるはずの時間をただ一人黙々と待ち続ける少女。
終わることもなく、毎日のように腐った獣に追い回される少年。
毎夜繰り返される幸せな時間、偽りと知りながらもそれを受け入れる少年。
愛する人には認められず、世界から自分をなかった事にすることをためらう青年。
世界は少しだけ、彼らの【日常】を変えた。
『世界が欲しいなら、君が望む世界を造ればいいじゃないか』
突如として現れた影に囁かれ、自分の求める世界のために力を得て
ゆがんだ世界を行き来出来る様になった主人公たち。
だが、繋がった世界は彼らにとって一番残酷な結末への扉に過ぎなかった。
かつては友人として接していた彼らは、
『自分の求める世界』を得るために、 どんな決断をするのか。
また、世界を手にいれ主人公となるのは誰なのか。
この世界は不思議に満ちている。
ある日突然、普通が普通じゃなくなるように、ほんの少し自分の視線を変えるだけで、その入口は容易く世界を変えるだろう。
退屈な世界を、貴方の手で変えてみない?
ねぇ、_____?
アリス・システム【序】
【prologue01】
蔓が城を覆う瞬間を、俺は未だに忘れる事はできなかった。
空まで伸びるような塔の一番上、導かれるように足を向けたその先で起きた出来事で、俺の世界は180度変わった。
死する事も出来ず、牢獄のように城を覆い尽くす荊に俺の自由は奪われた。
「本日も晴天なり、…ってか。くだらねぇ…」
空はこんな状況なんて興味がないとでも言うように青く、自由を持つ鳥は弧を描き羽ばたく。
城中の人間は自分を残して全てが眠りについた。そうなってから、いくつ年月を跨いだか解らない。それくらい、ずっと孤独だった。
『ならば世界を変えればいいじゃない』
「誰だ…?」
『この世界が嫌なら、君の好きな世界を作る力を持てばいい』
その姿は、言うなれば影。
窓から差し込む光によって室内に出来た影から、ゆるりと人影が具現化していく。
にやり、と口が歪むのを見て、無意識に鳥肌が立つのを感じた。
『こんな世界、壊しちゃいなよ。君が自由になるために、君が主人公になればいい』
【prologue02】
自由とは、何なのでしょう。
城を追われ森深く、唯一生きる自分よりも小さな生き物と共存し、杞憂なく生きる。
…そんなもの、自由なんかじゃなく、退屈なの。
小人サイズに作られた家は小柄な自分でも少しだけ窮屈で、それでも生活するには問題は無かった。
この小さな世界で、毎日毎日何事もなく、朝と夜を繰り返す。
まるで生きているのか死んでいるのかすら解らない程に、それは規則的に繰り返される。
『つまらないのなら、自分が好きなように世界を作ればいいじゃないか』
「…あら、お話では毒りんご売りのおばあさんが来るころだけど、…あなただぁれ?」
『毒りんごなんかより、もっと刺激的な世界を欲しくはない?』
「刺激的な…世界、」
『キミが主人公になれば、この世界はもっと鮮やかに色付くだろうね』
【prologue03】
今日も気づけば、森を走っていた。視界の端には色鮮やかな花が咲く野原。そしてその中に小さく光る、天敵。
小さな唸りが耳に届けば黒い塊が自分目掛けて飛びかかる。
瞬間。
手にした銃を構えればその弾丸は確実に狼の脳天を貫いた。…腐敗した狼の。
「…っ、は、…なんなんだよ…」
狼が動かなくなるのを確認してから、身を隠すように木の根本に落ち着く。走ったせいかばくばくと高鳴る心臓を服の上から握りしめるようにすれば、ふと視界の明度が落ちる。
人の足元がある、そう確認するとゆっくりと視線を上げた。
「誰だ…」
『君は、この世界を終えたい?』
顔ははっきりとは解らない。ただ、口元が笑っている。とても楽しげに。
「…終わるなら、終わらせたい。ばぁさんももう居ないのに、俺はこうして毎日逃げ続けてる。…物語が、終わらないんだ」
『じゃあ、終わらせようよ』
弾むような声が、耳元に響く。
『君が本当の主人公になって、世界を変えたらいい』
言葉は、毒のように浸透した。
【prologue04】
時計の針を、指先で滑らせた。
12時の鐘が耳を裂くように鳴り響く。そして今日も魔法の時間が終わる。
自分を包んでいた絢爛豪華な城や華やかなパーティーはまるで何事もなかったかのように消え去った。ため息だけが、冷たい夜空に溶ける。
「いつも何も残らない…」
今まで触れていた体温すら、毎夜同じ時間に消えていく。開いた掌を握りしめて、また開く。無意味な行動と知りながらも繰り返す行為は、まるで自身の存在を確かめるように何度も、繰り返される。
『寂しいのなら、残せばいい』
「誰が寂しいと言った。僕はただ、脆弱な世界が気にくわないだけだ」
『なら、そんな悲しい眼をするのは止めて、消えない世界を作ればいい』
毎夜、世界が消えた後に囁きかける声。ただ今日はいつもとは違い、その声は姿を持っていた。
伸ばした指先で触れれば、満足そうに手を取られる。
『さあ、魔法の時間は終わり。これからは、君が望む、君だけの世界を作りあげようじゃないか』
【prologue06】
両足を水辺に浸す。そしてようやく身体の震えが収まった。
衣服が水を吸い重みを増すのを億劫に思いながらも、今やヒトと同じ形をした自分にその行動は憚られた。
かつては海底で仲間たちと幸せに暮らしていたはずなのに、感情に溺れ、今やこうして一人、報われぬ想いだけを抱いて生きている。
声はあるのに、それが届かない。
存在すらも無かったことになど…自分には出来なかった。
もう一度、水辺に手を伸ばす。冷たさを心地よく感じながら、自分が海の存在ともヒトという存在ともつかない、中途半端な存在になってしまったと…認識させられた。
『ねぇ、君ならこの世界をどうしたい?』
「…どう、と…言われても」
『君なんかまるで最初から居なかった…そんな結末しか与えてくれない世界だ。それなら、好きに生きればいい』
「私は…」
ゆらゆらと視界で揺れる水面が、小さく音を立てた。
「私は……存在していたい。私という存在を、認めてほしい」
『なら、それを邪魔する奴らは………いらないよね?』
【prologue00】
分厚い扉を閉じる。木陰での読書は私の日常になっていた。
物語にはいつも終わりがくる。私はそれが少し残念だった。
「お話を…終わらせないようにするにはどうしたらいいのかしら」
ゆっくりと瞼を下ろすと、暗闇の中に物語の世界が描かれる。
きらきらと万華鏡のように想像は膨らんだ。
瞼を閉じながら、私はいつも思うのだ。
『「君が好きな世界を作ればいいのに」』
繰り返される日常は、少し視点を変えただけで不思議な世界へと変わる。
ならば、君が好きな世界を作ればいい。君の力で。
さあ、君はどんなお話を望む?
[side:アリス]
最近物語がおかしい。
手の平の本の扉を閉じながら、私は思った。その物語は、小さな頃から何度も読んでいたはずなのに、それらは少しずつ…まるで自己主張でもするかのようにその姿を変えた。
「…本人達に、聞いてみようかなあ…」
私は木の根本にある『入口』を眺めた。不思議の世界へと続く、その扉を。
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[side:赤頭巾]
「世界を、終わらせる、か…」
握り締めた銃は冷たく、鈍い光を帯びていた。
寝床にしていた小屋には物音一つなく、ただ静まり返る。どうせならいっそ、このままこの世界が終わればいいんだ。
自分でその体を抱きしめるように蹲れば、どくどくと心臓の音が響く。
そのとき、小屋の扉がゆっくりと開いた。
「…っ!誰、だ…」
振り返った先に居たのは旧知の友人の姿だった。
「……荊、…どうして、ここに。」
「よぉ、相変わらず狼と追いかけっこしてるみてぇだな」
「お前、城は?」
「ああ、半分置いて、出てきた」
「半分…?」
「そう。…どうせお前のところにも現れただろ?あの影」
「影…」
言われて俺は先日のことを思い出す。
黒い影が囁いた、毒のような言葉を。
『君が本当の主人公になって、世界を変えたらいい』
「その顔…やっぱり来たんだな」
「それが、お前がここに居れる理由か?」
「ああ、俺の本体は俺の城にある。どうあってもあの牢獄から出れないみたいでさ」
荊は、前と変わらないようなそぶりで小屋の椅子に適当に座る。
「だからオレの場合は、写し身のこの姿でしか動けねぇってわけ」
「…どうして、ここに来た」
「お前がこのゲームに乗るのか乗らないのかを確かめにきただけだよ」
「俺は…」
「オレはやるぜ?お前が乗らないならお前の分の願いも叶えてやってもいいけど…」
「願い?俺の?」
「ああ、そうだ。あいつらも含めて、…仲が良かったやつらには幸せになって欲しいし」
照れたように笑いかける姿に、相手に見えないように小さく苦笑した。
ああ、【コイツと俺の生きた世界はこうも違うのか】、と。
「なら荊…俺を今すぐ殺せるか?」
「…は?」
「お前にはできないよな、…くっ」
嘲笑するような笑みを浮かべる俺に荊は困惑したように視線を泳がせた。
椅子から立ち上がると手にした銃を迷いなく荊の頭に突きつける。
「お前は優しいから、俺の為に死んでくれるよな?」
「…、っ、お前…!」
そうだ。
俺が主人公にならなければ。
俺が死ぬための世界の主人公に。
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[side:人魚]
水面は、ゆらゆらと輝いていた。
日差しを反射するその動きを見つめ、眩しさに目を細める。
声を聞いたあの日から、私は途方にくれていた。
『それを邪魔するやつらは、いらないよね?』
私は、想い寄せる相手にすらその姿を認められず、かといって自らでその命を消してしまうこともできずに、日々をすごしていた。
『それなら、好きに生きればいい』
「好きに生きろと、言われても・・・」
今までの命ですら、あの人に捧げていたようなもの。
私の行動のすべてが、自分のためではなく、あの人へのただ一つの想い。
そんな私に、一体どうしろというのだ。
何度目になるかわからないため息をつけば、ふと前方に光る渦が現れるのに気づく。
目を凝らせばそれはだんだんと人の姿を形づくり、そしてそれが見知った相手だとわかった。
光から現れたのは、白雪姫だった。
私の姿を見るなり驚いたように瞬きを繰り返すと小さなため息をついてみせる。
「まだこんな所にいらしたの?」
「…白雪」
「この世界は、まもなく終わるわ。私が鮮やかに刺激に満ちた世界をつくってあげる」
「刺激など、いらない。私はただ…」
「存在を、認めてほしいんでしたっけ?」
「ああ」
「それが何になるというの?」
「何…?」
「存在など、周りが動かなければあってもなくても同じ」
「そんなことはない。存在を認めてすら貰えなければ、世界は止まったも同じ」
「いいえ、違うのよ。存在を認められたからといって、世界が動かなければ、その存在など無いに等しいの」
「…そんな、ことは」
「いいの。無理に解ろうとすることはないわ」
そう言うと、白雪姫はふわりと岩を降りる。
鮮やかなドレスを手馴れたように捌くとこちらを振り返り言った。
「あなたと私の望みは違う、それがわかれば十分よ」
にこりと笑みを浮かべ、その場を離れるとゆるい光が彼女の体を包む。
そして、もう一度私に微笑みかけた。
「望み、など…」
彼女の言葉が脳内に反芻する。
『君なんかまるで最初から居なかった…そんな結末しか与えてくれない世界だ。それなら、好きに生きればいい』
『なら、それを邪魔する奴らは………いらないよね?』
『邪魔する奴らは………いらないよね?』
ぐるぐると、黒い蛇が体内を這い回る。
そんな言いようのない気持ち悪さが、この身を包み込んだ。
******************************
[side:シンデレラ]
12時を回るまでは、僕の世界は終わる事など知らないように見えた。
煌びやかなドレスを纏う娘たちに、その手をとる青年。
華やかな舞踏会の玉座に座りながら僕は、傍らの影へと語りかける。
「それで、君は何をしたいの」
『シンデレラ、君の願いを叶える手伝いがしたいだけだよ』
「手伝い、ね。僕はこのまま時を止められればいいだけだ。僕を求め敬い、僕の望むままのこの世界を」
『立派な望みだと思うよ!…ただねぇ』
「なんだ、何か不都合でも?」
『主人公ってのは、いつでも一人なんだよねぇ』
「だろうね」
『君は願いを叶えるために、物語の一人になってしまった』
「……どういう意味だ?」
『君以外にも、願いを叶えたがっている者は居るということさ。つまり、誰かが主人公になってしまえば、君の願いなんてお構いなしにこの世界は壊れる』
「…そんなもの、僕が主人公になればいい。お前だって、そうさせようと思って僕に吹っ掛けてきたんだろ?」
『ははは!さすがご聡明なシンデレラ殿!ならきっと、君が一番主人公に近いかもしれないねぇ』
「言われなくてもなってやるさ」
『きっと君なら、ご友人と敵対しようが切り捨てる事ができるだろうさ』
「…何を、言っている?僕に友人など…」
『君が終わらない世界を望むように、この世界を終わらせたいと思ってる人物がいるってことさ』
「それと、友人とやらが何の関係が、…っ!」
『君の大事な友人の内、荊姫と赤頭巾だけは、終わらせたがっている』
懐かしい名前を聞いた。
瞬間、脳裏に思い描かれる姿に思わず息を呑む。
そんな様子を影は楽しげに笑った。
「あ、あんなやつら、僕には関係ない!」
『ああ、解っている。だから…』
影はぬるりと背後に回るとそっと僕の体を抱き寄せささやいた。
『君なら二人を、殺せるよねぇ?』
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物語は、白紙のページを彩る。
ただその先が何色に描かれるかは、まだ誰にも予想などついていなかった。
To Be continued
[side:シンデレラ]
『君なら二人を、殺せるよねぇ?』
耳元で囁かれた声に嫌悪から鳥肌が立つ。
払いのけるように影を追いやれば、僕はその場から立ち上がる。
『おやおや…何か急用かい?今日のパーティーはまだ終わってないのに』
「うるさい。お前には関係ない」
言い捨てると無意識に虚像の城から走り出していた。
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[side:アリス]
久々にこの扉の前に立った。
以前あったときは、まだ私が小さい頃だった。あの5人にまた会えると思うと楽しみでもあり、そして今の混乱しているお話の世界に入るのは不安でもあった。
「みんな、大丈夫かなぁ」
ゆっくりと入り口の扉を開ける。まばゆい光の中を進むと見覚えのある人影に気づき歩みを速めた。
「白雪姫!」
「あら、…アリス!まぁまぁ、お久しぶりですわね」
「懐かしいなぁ…白雪姫は変わらないね」
「そりゃあこちらとそちらでは時間の流れが違いますもの。アリスは大きくなったわね」
白雪姫は私の前に少しかがむと、ゆっくりと私の頭を撫でた。
「そういえば白雪姫。なんだか最近、お話の世界が変なの」
「…、そう、ね」
「だから心配になって…、どうしたの?」
「なんでもありませんわ。なんでも…」
「…どうしたの?どこか痛いの?…泣きそうな顔、してる」
「気のせいですわ!ねぇアリス、また、皆と…一緒に笑いあいたい?」
「もちろん!アリスね、赤頭巾も荊姫も人魚姫もシンデレラも、もちろん白雪姫もみんな大好きだもの!」
「…そうね、私も大好きだわ」
「うん!」
「…アリス、私行かなければならない所があるの。だから…」
「ううん!お話できて良かった」
そう言うと白雪姫は姿勢を正し、光の道を造りだす。
「アリス、これからどこへ?」
「ええと…荊のお兄ちゃんの所、かな」
「そう…もし会えたら、よろしく伝えてちょうだい」
「わかった!」
こちらを見ずにそれだけ言うと、白雪姫は姿を消した。
「…?荊のお兄ちゃんの世界に行くのに、『会えたら』、って言った…?」
******************************
[side:荊]
銃口は今も、オレの額へ狙いを定めていた。
真っ直ぐにこちらを見る赤頭巾の瞳には、笑みや冗談などはなくただ冷えて鈍く光ってる。
かちり、と銃を構えなおす音がいやに耳に響く。
なんだか互いの呼吸や鼓動でさえ、その音が脳内に直接響くようだった。
「…おい、冗談はよせよ…」
「冗談かどうか、引き金ひいてから確かめるか?」
「…っ!てめぇ、とうとう頭ん中まで腐ったか?」
「さぁね。…なぁ、荊」
「何だよ、この状況で昔話でもするか?」
現にどんな言葉をかけて煽ろうとも、赤頭巾の手から銃が離されることはない。
オレの言葉は気にならないとでも言うように赤頭巾は続ける。
「お前は優しい。優しすぎるから、周りを助けようとする。…でもな、人間には出来ることと出来ないことがある」
「そんな事くらい、わかって…」
「わかってないから、ああ言えるんだよ」
「なんだよ、何が言いてぇんだよ」
「このゲームには、主人公は一人だけ。それの意味がわかるか?」
「…だから、オレが主人公になって皆を」
「とりあえず、その銃降ろしてくれない?」
声の方へ振り返れば、金の髪がゆるく風に揺れた。
「…シンデレラ」
「やっぱり、最初に良いように踊らされるのは君たちか。まったく…」
「踊らされてなんてねぇよ!こいつが!」
言い返そうと視線をずらす、その瞬間。
たった一瞬だけ、泣きそうな赤頭巾の顔が視界に入った。
「このくだらない喧嘩は僕が預かるよ。荊、君のやり方に口は挟む気は無い。ただ、今は引いてくれないか」
「べ、別にオレは…」
「この僕が珍しく頭を下げているのに聞けないのか?」
「…下げてねぇし」
思うところは多々あれど、気づけばシンデレラが赤頭巾を庇うようにオレ達の間に立っていることに気づき、ゆっくりと距離を開ける。
「オレは、こんなゲームのやり方には絶対屈したりしねぇから」
「いいよ…その時は俺が一番にお前を殺してやるから」
「…くだらない」
二人の脇を通りながら、オレは痛感した。
もう昔のようには戻れないのだと。
******************************
[side:人魚]
『やぁやぁ人魚姫!』
声の方に振り向けば、黒い影が楽しそうに笑っているように見えた。
「また…お前か」
『君の背中を押しにきたのさ!きっと一人で悩んでいるだろうからねえ』
「私には、思いつかない。存在を証明など…」
『この全ての世界の主人公になればいい』
「主人公に…?」
『この世界に君臨し、君が一番になるんだ。そうすれば、君は全ての人から愛され敬われる。求められ、君の存在は人々の心に刻まれるだろうさ』
「君臨、…そうすれば、あの人も私を見てくれるとでも?」
『そりゃあねぇ。君だけを見て、君だけを愛するようにする事だって可能さ』
「一人じゃ、なくなる…と」
ぐらぐらとした吐き気が、ゆっくりと静まる。
視線の先で揺れる水面に映る自分の顔が笑むようにも泣いているようにも見える。
「私は、一人では生きてはいけない」
『そう…君の心は脆く繊細だ。人を求める余りに君の心がぼろぼろと傷ついていく』
影の手のひらが、私の胸に触れる。
はっきりと姿のわからぬそれが近づくと、真正面からその声は発せられた。
『拒絶されるなら…壊してしまえばいい。そうして君を求めるものだけを生かしておけばいいんだよ』
「私を求めるもの、だけ」
『でもねぇ…こんな悲しいままの世界で、時をとめようとしている者がいるんだ』
「このままで…?冗談じゃない、私はもう一人のまま消えていくのは嫌だ」
『ああ!そう、そうなんだよ!…だから、そんな願いを持つ者は消してしまえばいい』
「一体、誰がそんな事を…」
顔の無い影が、笑った気がした。
『シンデレラさ。…ああ、君のご友人だっけ?』
名前と共に、豪華な城で寂しげに佇む彼の顔を思い出す。
「…彼が」
『そう。あの子も可哀相な子だからね…寂しさの余りに時を止めたがっている』
「なら、仕方ありませんね。…私が寂しくないように、してあげなければ」
あの人が居なくなってから空っぽだった心に、小さく明かりがついた様な気がした。
その明かりは団欒を照らす温かいものとはほど遠かったけれど。
『人魚姫、君ならこの世界の主人公になれるだろうね』
******************************
ゆっくりと、時計の針は動きだす。
その時計が止まるのか、進むのか、壊れるのか。
瞬き一つ先のことですら、何が起こるかわからないまま。
To Be continued
[side:白雪姫]
足取りは軽いものではなかった。
自分の居るべき世界を捨て、自分の願いのために物語の中を行き来する。
ただしこの力は、ゲームに乗ったために使える一時的なもの。きっと皆も、少なからず何か力を持っているんだろう。
「人魚…大丈夫かしら」
『お友達が心配かい?』
耳に響いたのは、あの日に聞いた声。
気配なんて一切ないまま、一瞬にしてまとわり付くような不快感が体に降りかかる。背後に居る気配を感じたまま、振り返ることはせず、極力普通のトーンで声を出す。
「ええ、そりゃあ心配ですわ。皆が敵対してしまうんですもの…策略って恐ろしい」
『ははは!だって君が望んだのは刺激だろう?どうだい、この色鮮やかな刺激的な状況は!』
「刺激的…そうかもしれませんわね。でも、こんな事は私望んでいませんわ」
『君が望もうが望むまいが、物語は始まったのさ。君が手を取ったのはこの姿。君が進めてしまったのは、世にも残酷で悲しい物語!ああ、なんて事だろう!終わりはもう決まっている!君達が不幸になるっていう結末がね!』
「お黙りなさい」
『ふふ、怖ぁい…』
「あの子たちは、そんな単純な子たちじゃありませんのよ。結末を覆されて追い込まれるストーリーテラーなんて、滑稽ですわね」
『さぁて…滑稽な目を見るのはどちらかな?こっちは常に何が起きてるかを把握できる。最悪な状況に持っていく事もね』
「ならば導けばいいわ。…私、こんな虫唾の走るような物語の主人公なんて興味ありません」
『…なあんだ、つまらない。君って本当につまらない!刺激的な世界なんて君にはふさわしくないよ!君は一生あの森に居るべきだった!』
背後にいたと思った影は、急に目前に姿を現し、顔だろう部分が私の顔を覗きこむように近づけば、その口角は嘲笑するようにゆがむ。
『ねぇ、君はこの物語にいらないよ。いっそ消えてしまえばいい』
耳を伝い、脳に響く。脳の神経から、それが全身に溶けていくような感覚に陥れば、無意識にその場にへたりこんでいた。
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[side:茨]
赤頭巾の森を出て、オレは行くべき道を決めかねていた。
「シンデレラは赤頭巾の所、白雪と人魚…あいつらどこに行ってそうかな…」
物語の狭間の森で走り出していたはずの足が止まる。
思い出に縋っているつもりなんてないが、オレの中で大切な友人だったやつを、助けたいと思ったのも事実。…だがそれは、浅はかだったんだろうか。
「荊、どうしました?」
「え?あ、人魚……」
背後から掛けられた声に思わず背筋が粟立つ。だけどそれは困惑に繋がった。振り返って視界に入る相手は昔馴染みの人物で、その姿も声も聞きなれた物なのに、それはまるで、太刀打ち出来ない何かを目前にしたように、体を竦みあがらせた。
「…お前、なんかあったか?」
「何のことですか?何もありませんよ」
「いや、…うまく言えねぇけど、何か変だよ」
「変だなんて…人聞きの悪い」
頭の中で警鐘がなるのに、その原因がうまくつかめない。
必死で記憶の中の人魚を思い浮かべイメージを構築していく。
そう、こいつはこんなに冷たく笑うやつじゃなかった。
「そういえば、ねえ。シンデレラを見なかったかい?」
「…シンデレラ?何で?」
「何でって…彼の憂いを癒してあげないと」
「はぁ?何言って…」
「一人ぼっちのシンデレラを、永遠に私の傍に置いてさしあげようかと」
「…言ってる意味がわかんねぇよ…」
「永遠の眠りについてしまえば、きっとあの人も泣くことはなかった」
「…おい、何度も言うけどな、シンデレラとお前の言ってる『あの人』は別人」
「だから、ですよ。あの人で救われなかった私の想いは、今度こそ報われる」
「変な事考えるな。おい、どうしちまったんだよ!」
違和感だらけのピースを継ぎ接ぎして作られたような笑みを浮かべる相手に、わけもわからず怒りが芽生える。肩を掴んで引き寄せようとしたその手に触れた相手の掌が氷のように冷たくて息を飲む。
「…なんならあなたも、私の傍に置いてあげましょうか?…荊」
ああ、なんだって皆おかしくなっちまったんだよ!
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[side:シンデレラ]
耳心地の良い針の音が、室内に響く。
椅子にうなだれるように座る赤頭巾の姿は、先ほどの殺気じみた気配はなく、僕の知っている赤頭巾そのものだった。
「おい、随分情けないな。さっきまでの威勢はどうした」
「シンデレラ…俺は、どうしたらいいんだ…」
「そんなもの、君の運命だろ。君がしたいようにすればいい」
「俺は…この物語を終わらせたいんだ…永遠に続く時なんていらない。もういっそ誰か俺を殺してくれ…!」
彼の願いが自分と食い違っているだろう事に、予想はついていた。
あんな影から聞くまでもなく、彼が終わりを望むだろうことも。
もう一度彼の姿を見る。頭を抱え今にも嗚咽でも吐き出しそうな姿は、とても見るに耐えなかった。
「君は…君がいなくなる事で悲しむ人間がいるとは思わないのか」
「悲しむ…?さぁね…俺はあの世界じゃ死ねないし、こうして狂ったように年月も過ぎている。誰が、俺を…覚えているか」
「本当に馬鹿だな、相変わらずとでも言うべきか…」
「…?」
「君を忘れていないから、あの荊はここまできたんだろう」
「…シンデレラも?」
「か、勘違いするな!誰がお前の為だと言った!僕はただ、別件でここに寄っただけで…」
泣きそうだった彼から小さな笑みが漏れる。
ゆるく手を取られると、壊れ物でも扱うようにそっと握られた。
「…ああ、ちゃんと、生きてる。俺以外も、生きてるのか…」
「意味がわからないな…、物語が違うだけで僕らだって間違いなく存在している」
「そうか…」
「今度勝手な真似したら僕が許さないからな」
「勝手な真似?」
「僕の知らない所で命を落とすような事、だ。僕に関わった以上君の命も僕のものなんだからな」
「…ええと、初めて聞いた」
「ああ、今思いついた」
握られた手に力が篭り、赤頭巾の肩が震える。笑っているのだろうか。
立ったままの僕からは見下ろすような体制しか取れないから、彼の表情を読み取ることはできなかった。
ただ、触れた先の体温から、僕らがまだ存在しているのだろうという事は充分に理解できた。
「ありがとう、シンデレラ」
耳に届く言葉の意味が、何を示していたのか。
その時の僕にはまだわからなかった。
***************************************
物語は進んでしまった。
きっともう昔の自分に戻れないと、何人が理解したのだろう。
To Be continued