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ここはニコニコ生放送にて活動中の声劇団体【声劇×色々NN】にて 製作・放送されているオリジナル・ストーリー 『Alice+System(アリス・システム)』のウェブサイトなっております。
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手にした時計は、生きるリズムを刻むようにひとつひとつ時を刻む。
シンデレラから預けられたそれを手に、俺は進むべき道を再度描く。
終わらせる、という事は、簡単なようで難しいのかもしれなかった。

 

***************************************

[side:人魚]


「…なんならあなたも、私の傍に置いてあげましょうか?…荊」

目の前の人物の瞳が、小さく震えた気がした。
昔私の種族の長に伝えられた愛することへの最大の行為。
それを相手に求めて何がいけないと言うのか。
愛しても愛しても報われず一人になるなら。どうせ一人になるならいっそ、私の手で終わらせるのが最大の愛だと思えた。

「っ、ふざ、っけんな!なんだってお前ら皆して死ぬとか殺すとか言うんだよ!」
「わかりませんか?…それしか方法がないんですよ」
「オレは諦めねぇ!主人公になるために周りを殺さなきゃなんねぇなら、オレは主人公にならずに、お前らを」
「それをする力が君にあると?」
「…っ!」

一歩、歩みを進める。後ずさりされることはなかった。
彼との距離が一歩分詰まれば、その首は簡単に手中に収まる。
手の平に伝わる喉の上下に僅かな昂揚を感じれば、ゆっくりとその手に力をこめた。

「私はね、皆が大事だからこうするんですよ」
「オレのやり方と、お前のやり方は、違う!」
「そう、思考など生きるもの全て違う。少し似ていたとしても、それは別な物なんです。相容れず、すれ違い、綻び、そしてまた紡がれる。それが人というもの」

少しだけ力の入る指先に荊は眉をひそめた。

「だからね、一緒に新しい世界に行きましょう」
「そんな世界…断る!」

叫びと共に彼の周りから幾重もの荊が生え、自分の体を包む。
荊を模したそれは光の粒子のようで、それが彼に与えられた力なのだと気づく。

「逃げんのは好きじゃねぇ…けどな、今のお前じゃ話になんねぇのはわかった」
「おや、私は私なのに…」
「いや、違う。お前はオレの知ってる人魚じゃねえよ。…あいつも、皆少しずつおかしくなってる」
「…で?君は何を?」
「こんな状況にした張本人でも捕まえてやらぁ」
「…ふふ」
「なんだよ」
「いえ、なんでも。…自分で首を絞めることにならなければいいですね」

私から離れれば一瞥し、強い視線を投げつけてから、彼は消えた。

「まぁ、きっと彼もこちら側に…いや、彼の場合は先に『壊れて』しまうかもしれませんけどねぇ…」

 

***************************************

[side:アリス]

「いない…」

白雪のお姉ちゃんと別れてからたどり着いた荊に囲まれたお城。だけどその中に人影はなかった。
少し悩んでから分厚い本の表紙をめくる。
荊のページをめくれば、お話の続きが少しだけ増えている。
お城からでて、赤頭巾のお兄ちゃんの所に行って、…その次は真っ白だった。

「ありゃ、白紙…。でも、これなら赤頭巾のお兄ちゃんの所なのかなあ」
「…アリス?」
「へ?」

振り返ればそこにいたのはシンデレラだった。
私の姿を見て心底驚いたように目を丸くさせて、すぐにその表情は険しくなった。

「なんで君がここに?」
「え?えっと…その、本を見てたら物語がおかしくなっちゃって…」
「そんなもの、放っておけばいいだろう」
「で、でも、その、心配で…」
「心配してくれなど、誰も頼んでいない」
「心配は、頼まれてするものじゃないです」
「…、って、そうじゃない。問題はそこじゃない」

既に慣れた、シンデレラの冷たい言葉を気にせず言葉を返していれば、不意に彼の顔が困惑にかわる。

「…なんで君、ここにいる?」
「だから、心配で…」
「違う、そういう事じゃない。この世界…いや、僕らの世界は既にあの影の力で、主人公を決めるゲームの参加者じゃなきゃ入り込めないようになってる」
「…え?ゲーム、って、なんですか?」
「入れもしないし、出れもしない空間なのに…なんで君が」
「ま、待ってシンデレラのお兄ちゃん。話がわからないです、何を…」
「君も、参加者の一人なのか…?」
「…え?」

私を置いて推理する探偵のように呟くシンデレラについていくことが出来ずにうろたえる。

「アリス、君、ここに来る前に誰かに会ったか?」
「えと、白雪のおねえちゃんに」
「…白雪か。まああれなら何も話さないだろう…」
「どうしたの?何が起きてるの?」
「アリス。悪いことは言わないから今すぐ帰れ。心配なんて迷惑だ」

きっぱりと言い放つとシンデレラのお兄ちゃんは光の扉に手をかけて目の前から消えた。
今までとは全く違う突き放すような口調に少しだけ涙が出そうになったけど、私は今のシンデレラのお兄ちゃんの反応で、ここでどうしなきゃいけないかが解った気がした。

「お話を、元に戻さなきゃ…」


***************************************

[side:赤頭巾]

手にした銀時計が、かちりと針を進める。
それを聞くたびに、狼と一緒に腐敗した気持ちが浄化されるような気持ちになった。

「終わらせる、か」

手にした銃口をためらいもせずに自分の側頭部へと当てる。
迷いもなく引く、引き金。銃声。一瞬の焼けるような痛みの先。
…俺に待つのは死ではなかった。

『相変わらず一人遊びがすきだねぇ、君は』

生ぬるい血液を手の甲で拭い視線を泳がせればいつかの影が笑っていた。
血に塗れたヘッドギアを外すと床に投げ捨てる。指で側頭部を撫でれば重なるようについた銃口の跡に新しい傷が増えていた。傷といってもかすり傷のようなものだが。


『何度目の自殺ごっこだい?君は自分じゃ死ねないって知ってるだろうに』
「…いや、確認しただけだよ。どうしたら終わるのか、って」
『へぇ…じゃあもう逃げられないってわかったかい?』

影は纏わりつくように触れてくる。
その感触に不快感を感じることはなく、ただ、思考が止まっていくのを感じた。

『君はもう逃げられない。だったら壊せばいいって、…教えたよねぇ?』
「ああ、だから俺は、壊すことを選んだんだ」
『そう。この手を血で染めるなら、…大切な人の血にすればいい』

楽しげに笑う影に、ゆっくりと視線を移す。
そうして戻した手に握った銃には、終わることすら出来ない俺の、無価値な血液がこびりついていた。

「俺の…居る意味ってなんなんだ」
『なんだと思う?』
「わからない…。本当の俺は、今頃ただのんびり暮らしてんだろうな、とは思うさ」
『そうだねぇ…赤頭巾のお話は助けられて終わる。…でも君はどうだ?終わることも無く狂った世でただ必死に生きてる。
…君の場合、必死ってほどでもないかぁ…。ねぇ、死にたい?』
「わからない。死と終わりがイコールのような気にはなれない」
『なら、お友達皆壊しちゃおうか?』

その言葉に、顔見知りの姿が次々と思い浮かぶ。
手にした銀時計が止むことなくかちりかちりと針を動かす。

「それ、は」
『…君はね、生きている価値がないの』
「………な、に」
『かわいそうな君に教えてあげるよ。狂った世界に閉じ込められた哀れな主人公の結末をね。…君達はいわば不良品、無価値、存在しているのが間違いなのさ』

耳に響く針の音だけが、唯一俺を保っているような気さえした。
存在する意味がないのなら、なぜ、俺は、あんな苦しい日々を生きていたのか。
…いや既に、その行為すら生きていると言えたのか。

『使えないモノがどうなるか、わかるかい?廃棄処分、スクラップ…まぁ、つまりはゴミだよね』
「俺、は…」
『どうせ使えないモノなら、有効活用してあげるからさぁ…もっと楽しませてよ。
壊してよ、世界を。…君を支えていた世界をね』

手が震えたのは、恐怖なのか。
耳に響く囁きは、天啓なのか。
体を支えるように影が俺の腕を取り、銃を構えさせる。その先にあるのは、いつの日か皆で撮った写真だった。

「…いや、だ。やめろ、嫌だ…!」
『壊しなよ。こおんな風に…』

自由が利かないその腕に握られた銃は引き金を引かれる。

「…やめろ…!」

その銃弾は、真っ直ぐにその写真たてに向かって、そこに切り取られた小さな世界をいとも簡単に壊す。
俺の唯一の支えとも言えた、あの幸せな日々の欠片を。

『あはははは!あーあ…壊れちゃったねぇ…。こんなに脆いんだよ、世界なんて』

『ほら、誰から壊しにいこうか…?』


***************************************

永遠などはない。
ならば、それに変わる世界に君を連れていけばいいだけ。

To Be continued

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誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
でもそれは、自分の悲鳴かもしれなかった。


***************************************

[side:シンデレラ]

「白雪!アリスと会っただろう!?」

声を掛けた先の姿は、いつもとは全く違う者だった。
少しの違和感はすぐに実感に変わる。白雪の表情からは普段の笑みが無くなっていた。

「…白雪、何があった」
「シンデレラ…?嫌ですわ、何も、ありません」

ゆっくりと立ち上がるものの、視線はこちらに向く事はない。
小さく息をする音だけが耳に響けば、僅かな苛立ちから強く相手の肩を引き寄せた。

「何があった!君もアリスを見たんだろう?」
「…ええ、アリスまで、この世界に来てしまったわ。この…壊れるしか未来のない世界に」
「だから、僕が時間を止めてやると言っているんだ」
「止めてどうなりますの?繰り返す恐ろしさを貴方はわかっていないから言えるのよ!」
「わからないな。君だって無くなる恐ろしさを知らないだろう。
手の中にある温もりが消える恐ろしさを知らないじゃないか!」
「ええ、解らないわ。でもそれが何だって言うの?結局…結局私達にはそれしか残っていないじゃない!」

目の前に居るのは、僕の知っている気丈な白雪ではなかった。
小さく肩を震わせ崩れ落ちる姿に手を伸ばしかけた所で、その姿の先の人物と目が合う。

「…人魚、」
「こんな所にいたのかい、シンデレラ」
「人魚、あなたどうして…」
「おや白雪、君が言ったんだろう?動かなければ世界は変わらない、と」

人魚が緩やかに微笑む。だがその奇妙な感覚に陥ったのは僕だけではなかったようだ。
先ほどまで弱々しく崩れていた白雪が、真っ直ぐに人魚を見つめていた。

「…あなた、本当にあの人魚…?」
「おや、幼馴染だというのに失礼な話だ。私は何か変わったかい?」
「変わった事もわからないほど、おかしくなったのか?」
「シンデレラまで…。二人とも酷いことを…」

言葉とは裏腹に笑う姿に、言い表せぬ不快感が背筋を這い上がる。

「私が変わったんじゃない。世界が私を認めて変わったんだよ」

口角の上がる表情、その瞳は鈍く沈んでいた。
それはまるで、深海のように。

「…っ、シンデレラ。私、人魚と話したいことがありますの。あなたは、…アリスを追って」
「白雪…」
「貴方が言いかけた事、わかっているつもりですわ。…だからこそ、私は言いましたのよ」

僕と人魚を遮るように白雪が立てば、ようやく視線が合う。
その瞳は、先ほどまでの絶望に満ちた瞳ではなかった。


「この世界は、壊れるしか未来はありませんのよ」

 

***************************************

[side:茨]


影の気配を追うように、オレは走っていた。
気配を追うなんて大層な事言ったって、実際につかめているのはおぼろげな雰囲気のみだったが。

「ちっくしょ…、アイツ、どこにいんだよ…」
「荊の、お兄ちゃん?」
「…あり、す?」

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには可愛がっていた別の世界の少女が佇んでいた。
オレの姿を見るなり飛び込んでくる少女を抱きしめ、その体温に久々に心が安らいだ気がした。

「アリス…アリスなのか?どうしてここに!」
「えと、お話を読んでたら、お兄ちゃん達が大変なことになってたから…。ねぇ、皆どうしちゃったの?」
「あ…、と。その、」

無垢な瞳で見上げるアリスに合わせて少し屈めば心配そうに縋る姿に胸が締め付けられる。どう説明したら良いか迷っていれば、心配そうな瞳に心が痛んだ。

「ねぇ、みんな変だよ。白雪のお姉ちゃんは『荊のお兄ちゃんによろしく』って言うし
シンデレラのお兄ちゃんには怒られるし…。
会えてないけど、赤頭巾のお兄ちゃんと人魚のお兄ちゃんは大丈夫?前みたいに、笑ってくれる?」

アリスの言葉に、先ほどまで会ってきた二人の姿を思い出す。
思わず視線をそらし、俯けば泣き出しそうな声が耳に響く。

「アリス…皆が笑ってないとやだ…」
「アリ…、っ、!?」

顔を上げた先に、オレの思考は止まった。
目の前に居たはずの少女は、真っ黒な影に覆われ半月の様に笑っていたからだ。

「なん…、お前、は」
『おやぁ?どうしたんだい、荊の君。大好きなアリスと会えて嬉しいだろう?』
「なんで、アリス…アリスはどうした!」
『さぁてねぇ…。ところで君、随分と逃げ回ってるみたいじゃないか。…所詮君の力なんてそんなもんなんだねぇ。がっかりだよ』
「ち、違う!今は」
『今は、なんだい?君は逃げるのが本当に得意だよねえ。あの時だってそうさ。大事だの大切だの、色々言う割には守れなかったよねぇ…金の髪の、お姫様』
「なんで…それを…」

じわりと、左目の奥が疼いた気がした。
定まらない視点で正面を見れば、アリスが俯き小さく肩を震わせた。


…笑っているのだろうか。


「…アリス、」
『ねぇ、荊のお兄ちゃん。お兄ちゃんに世界を変える力なんて無いって早く気付きなよ。
君なんかが物語のヒーローにでもなったつもりかい?
驕るのも大概にしなよぉ…君に誰かを救う力なんてない。その結果が、君の左目じゃないか!』

アリスの小さな手が、オレの眼帯を引きちぎる。
疼いた左目からは、出るはずも無い涙が熱を持って零れ落ちるような感覚。

「う、あ…っ!」
「お兄ちゃん?お兄ちゃんどうしたの?」
「やめろ…アリス、お前まで、オレを…っ!」
「お兄ちゃんしっかりして!アリスには何も聞こえない!ねぇ、誰とお話してるの!?」
「は、離せ!オレは、無力なんかじゃ、…っ!」
「きゃっ!」

力任せに振りほどけば、小さな悲鳴と共に人が倒れる音がする。慌てて視線を戻せば、地面に倒れこむアリスの姿があった。

「あ、アリス…!」
『そうやって君は、また大切な物から逃げるんだねぇ』
「違う!オレは逃げたりしねぇ!」
『じゃあ君の力って何なの?友達を救うって?』
「オレは、…っ」

ぐるりと、黒い影に包まれ、呼吸ができなくなる。
視界を覆われた一瞬の先に居たのは、
赤頭巾だった。

『ほら!救えるなら救ってごらんよ。君のちっぽけな力でさあ!彼の願いは知ってるよねぇ?…君の力で、救えばいい。君の手を彼の血で染めよう』
「…そん、なの…」


「できない、なんて言うなよ」


声に反応するように上げた視線。目が合ったアイツは、待っていたかのように、笑った。

 

「よぉ、荊…。ようやく俺を殺しにきたか?…親友」

 

***************************************

物語のコマは、全て出揃った。
あとはただ、その行方を追えばいい。

To Be continued

 

ひび割れたチェス盤に乱雑に置かれた駒のように。
歪に壊れた世界は、ちぐはぐな結末へと向かい始める。


***************************************

[side:シンデレラ]

「アリス!」

荊の所へ向かったアリスを追いかけて来てみれば、彼女はただ地面に座り込んでいた。
名前を呼び駆け寄ると小さな体を震わせ、戸惑うようにこちらを見上げる。

「…アリス、」
「っ、シンデレラの、おにいちゃん…」

視界を巡らせれば、対峙する二人を見つける。
こんな光景を見るのは、もう何度目になるかわからない。
それぐらい、彼らの衝突は日常的で、かつ、自然なものだった。


だった、はずだった。


今の状況で見るこの光景は、僕には恐怖しか与えない。
光を灯さない瞳で見据える赤頭巾と、怯えた瞳で焦点を合わせられない荊。
あまりにも、不自然で、あまりにも残酷な組み合わせに見えた。

「…あの、っバカ共…!僕が止めてやった恩を忘れたのか!」

二人を止めようと立ち上がった瞬間、僕の体は黒い影に覆われた。
一瞬の出来事に思わず目を閉じる。ゆっくりと目を開ければそれはまるで鳥かごのような形で僕を覆っていた。

「これは…っ」
『お気に召さなかったかい?シンデレラ』
「お前…、何のつもりだ」

頭上から降る聞きなれた声の相手に気づけば、視線も送らずに声を掛ける。

『見て解らないかい?君をとっておきの場所に招待しようと思ってね』
「二人が殺しあうのを見ていろと?とんだ悪趣味だな!」
『二人…、ふふふ、あはははは!』
「何がおかしい!」
『二人だけ…?君の大事なお友達は、彼らだけだったっけぇ?』
「…、人魚、と、白雪―――いや、まさか。二人は、」
『狂った彼を止める為に、幼馴染の彼女は何をすると思うー?』

楽しげに声を弾ませながら影は手元に持つ本のページを捲る。
前方には赤頭巾と荊の姿が見える。そして僕の後方には、先ほど会って来た二人の姿があった。
世界が、この鳥かごを境に分離する。

『ほうら…ゲームは始まった。シンデレラ、君には誰の悲鳴が一番最初に聞こえるかな?』

 

***************************************

[side:白雪姫]

「ねぇ人魚。貴方の望みは変わってしまいましたの?」
「何をいいだすかと思えば…、何も変わってはいないよ。私はただ、認められたいだけ」

穏やかな笑みは、昔を思い出させたけれどやはり何かが違うように見えた。

「それなら、貴方のやり方は間違ってますわ」
「君のやり方だって、間違っているじゃないか。…現に何も変わっていないだろう?君の力では」

射抜くような視線と共に吐き出される言葉に心臓を抉られるようだった。
影に言われたことは間違ってなどいない。
自分は平穏や変わらない日々に飽いていたはずなのに、何も起こそうとはしなかった。
このゲームが始まってからもそれは変わらない。

自分の為に誰かを犠牲にするなど、到底できそうになかったからだ。

「私はね…もう疲れてしまったんだ。誰かを一途に愛する事も、ただひたすらに想い続けることも…」

一番に目の前の幼馴染に会いに行ったのは、彼ならば『変わらないまま』でいると思っていたかったからかもしれない。

「それで、わかったんだよ。私が想うのではない、周りの全てを服従させ私を想わせればいいのだと。…私の力で、私を認めさせればいいと」

皆の中で穏やかに笑む彼のまま、変わらないと信じたかった。

「…さぁ白雪。君も私を認めてくれるかい?私の世界で、私のための箱庭で、また共に」
「お断りしますわ」
「…へぇ」
「だって貴方、私の知っている人魚じゃありませんもの」
「…ふふ、まだそんな事を」
「私が認めている人魚は、今の貴方のように狂った頭なんてしてないわ」
「おや、私が狂っているんじゃなく、君が狂っているのかもしれないよ?」
「そうかもしれませんわね、確かに狂ってましたわ。こんなゲームに乗りさえしなければ…」

真っ直ぐに人魚を見つめる。
交わした視線の先の瞳に息を飲めば、決心は固まった。


「こんなゲームに乗らなければ、大切な世界が壊れる事はなかったのよ」
「私が新しい世界をあげるよ」
「強制された感情に崇拝されて、貴方満足ですの?」

少しだけ、彼の瞳が揺らいだ気がした。

「この世界は、貴方が最も嫌悪する形で終わるわ。…私もそうしてあげる」


***************************************

[side:赤頭巾]

怯えたような顔をする荊に、何故だか笑いが込み上げてきた。
ようやく世界を終わらせられるのだと思うと、高揚する気持ちは抑えられなかった。

「いつもの威勢はどうした?まるで小動物だな」
「赤頭巾…、オレは、お前と戦いたくない」
「おいおい…さっきも言っただろ?」

手にした銃を構えれば、荊に向ける。迷いも無く引き金を引けば、その弾丸は相手に右腕を掠める。荊の腕に真っ赤な雫があふれた。

「…っく!う、…っ」
「できない、なんて言うなよ。お前以外に俺を殺せるやつはいないだろ?」
「殺さなくても、きっと…!」
「だめだよ。…それとも、また、逃げる?」
「っ!!」

銃を構えたままからかう様に笑ってやれば、案の上相手は悔しそうに息を飲んだ。
一歩一歩近づき距離を縮める。
怯えだけだった瞳の色が、ゆっくりと別の物に変わる。

「お前の強さは驕りだ。救えもしない相手に期待を持たせて、陥れる」
「違う!そんなんじゃねぇ!」
「俺にも言ったよな?俺の分の願いも叶えるって」

距離が縮まれば、銃口はいとも簡単に相手の額へ触れた。

「じゃあ叶えろよ!今すぐ!今すぐ俺を殺せ!」
「…っ、ふざけんな…!」
「やっぱり出来ないじゃないか!お前に救える世界なんてない…お前は主人公になんてなれない!一生あの塔に―――…」

 

言いかけた所で自分の腕が拘束されている事に気づく。
光の粒子の荊が俺の銃を締め上げるとまるで玩具のようにそれは壊れた。


「ふざけてんじゃねぇよ…そんなに言うんだったら叶えてやるよ!」
「ようやくやる気になったか…」

手の中に粒子を集めて剣を作り出す荊に合わせて、俺ももう一つの銃を取り出す。それを手にすれば空を薙ぐ様に一振りした。手の中の銃は一瞬にして剣に変わる。

「お前とちゃんとやり合うなんてガキの頃以来だよなぁ…」

手になじまない剣を見ながら声を掛けても返事は無かった。
感覚を確かめる剣の先端越しに見る荊は、唇をかみ締め、泣いているようにも見える。

「これが最後なんだ。一突きなんてつまんねぇ事言わないから、本気でかかってこいよ。俺も本気で殺しにいくから」

荊はゆっくりと視線を上げる。
もうその瞳に迷いは無かった。決心するように俺を見据えると、慣れた手つきで剣を構える。
それを見てようやく俺は安心した。きっとこれで荊は気付かないままだ。

 

「…最後の願いだ。気付くなよ……親友」

 

相手に聞こえない様に口元だけで呟けば、俺も覚悟を決めた。
さぁ、終わりにしよう。この狂った世界を。


To Be continued


【Eschatology(終末論):赤頭巾】


あるところに、一人の少年が居ました。
少年は母親に言いつけられ、森のおばあさんにパンと葡萄酒をもっていくように頼まれたのです。
ですがその少年はその途中、オオカミに出会い寄り道をしてしまうのでした。
少年はオオカミと出会い、
少年はオオカミに追われ、
少年はオオカミに追われ、
少年はオオカミに…

 

***************************************

 

―…思えば世界は狂っていた。そんな事は解っていながらも、俺は生きていくしかなかった。
狂った世界で俺は、ただ一つのコマとして動かされ、生かされていた。

荊の手に剣が生み出されるのを見て、俺も手の中の銃を剣に変える。
実際剣に変わるかなんて、試した事もなければ考えた事もなかった。
ただこうして今、俺の手に剣が馴染むというなら、それが正しい道筋なのだろう。

「…おい、さっきの威勢はどうした?こないなら俺から行くぞ?」

剣を構えたまま後一歩を踏み出せない荊に、【彼らしさ】を思いながら
俺は終わりへの道筋を作る為に一直線に荊目掛けて剣を振り下ろす。

「っく!」
「受け止める余裕があるなら来いよ…、それとも、お前が死ぬか?」
「うるせぇ…っ、黙れ!お前は…っ」
「お前は俺の知ってる赤頭巾じゃない、とでも言うか?…そう思いたいなら思えばいい。
その方が気兼ねなく俺を殺せるならな!」

受け止められた剣は一時均衡を保っていたが、相手の一瞬の気の緩みに触れ合う剣先を払い退ける。
一瞬の間合い、荊は一度後方に飛び体勢を整える。

「なんで…なんでそんな事にこだわるんだよ!死ぬとか、殺すとか…わけわかんねぇよ!」
「だったらお前は一生この世界で生きていくつもりか?俺は日々敵に追われ、お前だってなす術もなくあの塔に閉じ込められて、人魚だってそうさ、自分が居るってのにあの世界じゃ誰もあいつを認めやしない、白雪はただ毎日を繰り返し、シンデレラは―…
ずっと、毎晩痛い程に孤独を味合わされる」
「それでも…っ」

不意にシンデレラから預けられた銀時計の針の音が耳に響くと、そのたった一瞬の内に荊は俺の間合いに入りこんでいた。
とっさに剣で受け止めれば、元より使い慣れていない俺の剣は相手の剣に押され耳障りな音を立てた。

「…っ、」
「それでも!オレには…大切な世界だ!」
「…っは、いつまで正義感を」
「お前らがいる、大切な世界だったんだ!解れよ!…確かにオレは浅はかだった。
あんな影の言う事を何も考えずに受け入れて、…それでも、それでも!オレがあの城から出てお前らの世界を変えられるなら、……それはオレの中では正しい道筋なんだよ!」

ぎりぎりと剣が押される。
詰められる間合いをやっとの事で押し返せば、その反動で切っ先がずれて俺の腕を掠めた。

「うっ、…!」

熱い、焼けるような痛みが一瞬腕に走る。それと同時に服が生暖かい血液を吸い張り付く感触。
自身を銃で撃ち抜いた時に感じる物と限りなく酷似したそれらは、俺に結末の正しさを物語っているようだった。
痛みも、血液も引かない。…これが俺の正しい道筋だと。
左腕に受けた傷は皮肉にも俺の弾丸があいつを傷つけた位置と同じに見えた。
対峙する姿で鏡合わせのように傷を負う。

「ふ…っ、ようやく切ったな。もう、躊躇はないか?」
「オレは馬鹿だから、シンデレラや人魚みてぇに言葉でお前を諭すなんて出来そうにねぇからな。…だったら、オレのやり方でお前みたいな馬鹿に解らせる!」
「くく…っ、理解させられるのはお前だよ。荊」

どちらともなく剣を振り降ろせば、鉄の弾き合う音が木霊する。
薙ぎ払っては、振りかざし、切りつける。
それを受け止め刃先を滑らせれば間合いを取り向こうが切りかかる。
それを受け止めまた剣がぶつかる音がする。
互いの力の差は無いかのように、攻勢は幾度も続く。
耳慣れないはずのこの音を、俺はどこかで聞いた気がした。

 

***************************************

 

あの時はまだ俺たちは幼く、物語すら進んでいない頃。
そういえば剣を教えてくれたのは目の前にいる荊本人だった。

「いつか誰かを守るため、男は強くなくっちゃな!」
「…守る人が現れてから決めたら?君の場合そっちの方が問題だよ」
「何だってえ!」
「シ、シンデレラ!荊も!ケンカは良くないって。それより、剣の使い方教えてくれるんだろ?」
「おう!って、オレも父さんに教わったんだけどさ。お前らは親友だから特別に教えてやってもいいんだぜ!」
「とか言って…えばりたくてうずうずしてるんだろ。僕はそういう野蛮なものは興味ないね」
「ははは!じゃあ俺が教わって、何かあったらシンデレラを守るよ!」
「じゃあオレは二人とも守ってやる!」
「…、僕、なんか気に食わない。ちょっと荊!僕にも剣!」
「お、やる気になったな?よし、オレの動きをよーく見ておけよ?」

小さな自分達の声が、脳裏に響く。
剣が打ち合う音を、俺は確かに聞いていたんだ。二人と一緒に。

 

***************************************


鉄が弾き合う音に紛れて、小さな金属音に気が付く。
攻勢の途中で、預けられた銀時計が地面に引き寄せられるように落ちていく。
とっさにそれに手を伸ばそうとした瞬間、胸元を抉るような痛み。

「な…っ!」
「ぐ、…っ、…ぁ」

荊の剣は真っ直ぐに俺の体に刺さっていた。切った本人がその事実に驚き剣を引き抜こうとするその行為を、俺は引き止めるように荊の剣に手を伸ばす。

「ば…、馬鹿!やめろ!」
「っ…ぅ、馬鹿、は…お前だろ…っ、ぐ、!」

今まで脳を撃ち抜いて来た時とは全く別世界の感覚に、心臓は激しく脈打つ。
剣に縋るように掌を滑らせれば、掌にも熱が走るようだった。
震える手で剣を握るその手の上から、血に汚れた俺の手を宛がう。しっかりと剣を握り
ゆっくりとそれを自身に埋め込む。

「ぅ、…っ!は、ぁ…っ」
「や、やめろ!馬鹿!離せ!離せよ!!」

体ごと離れようとする荊の肩を逆の手で掴む。
体重を掛ける様に相手に寄りかかれば、息をするのでさえ困難な状況に、笑みが浮かぶ。

「おま…っ、な、何笑ってんだよ!ふざけんな!…笑うなよ、…なんで」
「…巻き、込んで…ごめん。……でも、…俺の願い、叶えてくれんの、お前、しか」
「喋んな!くそ、くそ…っ!なんで、だよ!なんで抜けねぇんだよ!オレは、…何で、震えてんだよ…!」
「…いば、ら」
「…っ、」

 

「ありがとう、親友。それから、あいつにも、…ごめん、って…」

 

「―――…っ、…そ、だ、嘘だ、やめろって。冗談よせよ、おい、なぁって!………、ぅ、ああああああああああああああ!!!」

 

***************************************

[side:シンデレラ]

「きゃあっ!」

不意に鳥かごの中にアリスの声を聞く。驚いて振り替えればやはり影でできた鳥かごの中に少女はいた。

「いつの間に…」
「シ、シンデレラ、の、おにぃ、ちゃ…」

少女は体全体を震わせ、今にも落ちそうな涙を目に溜めて僕を見つめていた。
困惑する頭のまま彼女に駆け寄れば、俯く拍子にその涙を隠すことなく零れさせながら
一枚の写真を握りしめていた。

それはいつか僕らが一緒に撮ったもので…。

「お兄ちゃん、居なく、なっちゃった…!赤頭巾の、お兄ちゃん、っ、写真から…っ」
「…何を、」

嫌な胸騒ぎに赤頭巾と荊が居た方向に視線を向ける。
荊に寄りかかるようにして立つ赤頭巾には、剣が刺さっていた。
背中を貫くほどに深く突き刺さるそれを目の当たりにして、思わず後ずさる。
だがそれも一瞬で、出ることの出来ない影の檻に掴みかかれば、拳で何度も檻を殴りつける。

「…っ、ふざけるな!お前、僕との約束を忘れたのか!…僕を、置いていくなと、…あれほど……っ!」

涙は、出なかった。
ただ、大きな虚無感が胸に残る。これは毎夜の砂の城が無くなる時とは比べものにならない程大きく、重いものだった。

「あの…、馬鹿が…っ!」

To Be continued

 

 

【Eschatology(終末論):白雪】


ある城に一人の娘が産まれました。雪のように白い肌、黒檀(こくだん)のような艶やかな黒い髪を持った少女はすくすくと育ちました。
ですが彼女の母親が先立ち、継母(ままはは)の陰謀によって彼女は深い森へと捨てられてしまうのでした。
そこで彼女は小人が住む小さな小屋を見つけると、そこで生活するようになるのでした。
いつまでも
いつまでも
いつまでも…。

 

***************************************

 

私が彼と出会ったのは、まだ母が生きていた頃。母の療養も兼ねて遠出した海のある国に、彼は居た。
透き通る海の様な色をした髪と目は私には珍しく、そしてとても美しい物だった。
言葉は通じているけれど声を持たない彼は、私にとって初めて出来た友達だった。

次に会った時、彼は人魚ではなく人となっていた。
自分の愛する人の為に種族を捨て新しく生まれ変わろうとした彼を、私は友人としてとても誇らしく思い、そしてその強さに憧れた。


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果たして彼は、その時の彼と同じなのだろうか。
姿も声も変わらない。だけど何かが違う。…もしかしたら違わないのかもしれない、
私が知らないだけで。

「ああ…、赤頭巾は、消えてしまったみたいだね…」
「え…?」
「影から受け取った力なのかな…、私にはわかる。皆の不安や恐れ、悲しみも。早く、
私を受け入れていれば、彼も消える事はなかったのに…」
「…それだけ?」
「何がだい?」
「消えた、って…どういう事ですの?赤頭巾が…あんなに仲良くしていたのに…、
消えた事に対して……そんな、」
「…可哀想な白雪」
「え…?」

彼の掌が私の頬に触れる。冷たいそれが触れると反射的に肩を竦めた。

「私達は所詮文字の上に生きる者。全ては定められた道筋でしかないんだよ」
「そんなの…解ってますわ!その道筋が狂ってしまったから、私達の物語は終わりを迎えられなくなった、だから、…それなら、私は…」
「君に何が出来た?」

穏やかに語り掛ける口調や声色は私の知る彼そのもので、視界が滲むようだった。

「か弱い君には、この濁流に飲まれるしか道筋は無かっただろう?…赤頭巾、彼は強い。彼の意志は始めからぶれる事はなかった。彼は彼の望む終わりを貫いた……ある意味、彼の物語は正しく彼を主人公として終わりを迎えたと言える」

頬を撫でる手が、首筋に触れる。流されるように顎を掬い合わせられた視線の先に見えた表情に、私は見覚えがあった。

 

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「…人魚、どうしましたの?」
「ああ、白雪か…。私を臆病者と言ってくれないか…?」
「じゃあ言い換えますわね。こんな場所でこの世の終わりみたいな顔をして、肩を落として泣きそうな顔をした臆病者さん。どうしましたの?」
「…相変わらず、君の物言いはストレートだねえ…」
「常に正直にあれ、と言う教育方針でしたのよ。……で、私の大事な幼なじみは何をそんなに落ち込んでらっしゃるのかしら?」
「……あの人に、私じゃない大事な相手が、いて…」
「まぁ…」
「海神様に話をしたら、この短剣であの人を刺せ、と…。出来ないのなら、どのみち長くは生きる事は出来ないのだから、と…これを」

彼の掌には深淵の海の底の様な深い青色の小瓶が乗せられていた。
私はそれを宝石のようにそっと手に取る。

「…なんですの、これ」
「毒だよ。それを飲めば……私は泡と消える」
「綺麗な物ほど恐ろしい、っていう法則は間違ってないみたいですわね」
「でも……私にはどちらも出来なかった。あの人を殺すのも、自ら命を断つ事も…。
私は…、生きていたい……」
「お馬鹿さんねぇ」
「え…」
「それを聞いて、私が貴方を見殺しにすると思いますの?これは私が預かります。
そうしたら、貴方は死ねないでしょう?」
「いや、でも…そんな事をしたら…」
「私は貴方に死んで欲しくありませんわ。それは私だけじゃない。
赤頭巾や荊やシンデレラ……それに、アリスも」
「白雪…」
「貴方が『居る』事が、私達には普通なんですわ。だから…生きてくれる貴方を臆病者なんて言うつもりはありません」

手にした小瓶を私の懐へとしまうと、安堵と戸惑いを混ぜ合わせた表情を浮かべ、
彼は笑った。


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「白雪、君の望む終わりはどこだい?日常を嫌う君は、何を望んで主人公になりたがった?」

彼の表情はあの時の物と似ていた。安堵と戸惑い、それが何によってかは解らないけれど。

「私は、認められたかった。もう、一人は嫌なんだ」
「確かに貴方は一人でしたわ。でもそれは…貴方の物語の中での話じゃない」
「白雪…」


「私は、貴方を好きだったわ。…物語が、進まないはずよね。来るべき王子様じゃなく、貴方に惹かれていたんだもの」


合わされた視線の先で、人魚の瞳が戸惑いに揺れた。
私に触れる手を取り、それを外させる。

「私だけじゃないわ。赤頭巾も荊もシンデレラもアリスも…貴方と言う存在を認め、惹かれていたから、貴方の傍に居たんじゃない。…それに気づかないなんて、やっぱり貴方はお馬鹿さんだわ」

胸元に手を寄せ、あの日の小瓶を取り出す。
小瓶の存在に気付き身体を強ばらせた人魚に、小さく微笑んだ。

「私はね、純真無垢なお姫様なんかじゃありませんのよ」
「白雪…何を、」
「言ったでしょ?貴方が一番嫌う形で私の物語は終わらせるわ」

私の意思に迷いはなかった。
この一瞬だけでいい。
彼の思考にも脳裡にも瞳にも、私だけを映してくれるなら。

「…確かに私は、このゲームの最中に何かをする事はありませんでしたわ。私は物語を統べる主人公になれるような器なんてありませんもの。でも…今は後悔してない。最後に貴方に会えたもの」
「私が、それを背負う。私が主人公になれば、君だって生きて―…」

 

「お断りしますわ。…私は、私の意志のまま物語を終える。私が貴方を愛していたのは、間違いでも、強制された感情でもないもの」

 

満面の笑みを浮かべ、掌の小瓶の蓋を開ければ、それを一気に流し込む。

「…っ!しら、…」

そして最後に、彼に触れるだけの口付けをした。
ああ、皮肉なものね。私の本当の物語は王子様のキスで目覚めるのに、
私の物語は毒の口付けで王子様毎消えて行くんだから。
抱き締めようと伸ばした私の手が、触れる前に消える。


それでも私は、幸せだわ。
最後の最後の視界には、貴方が私だけを見つめる、その姿を映せたんだから。

 

***************************************

[side:人魚]

唇が触れた。

それはほんの一瞬。

瞬きをした次の瞬間に、彼女は文字どおり『消えた』。


抱き止めようと伸ばした腕には彼女が纏っていたドレスがあり、無意識にそれを掻き抱く。
まだ耳には彼女の声が残るようだった。
身体を支えきれず、崩れるように落ちる膝。抱いたドレスが、私を抱くようにふわりと落ちる。
天を仰ぐ。
空の青と海の青が混じりあうような、そんな錯覚を抱く。

「…白雪、」

掠れた声が、空虚な空間に溶けて消えた。


To be continued

 

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