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[side:白雪姫]
足取りは軽いものではなかった。
自分の居るべき世界を捨て、自分の願いのために物語の中を行き来する。
ただしこの力は、ゲームに乗ったために使える一時的なもの。きっと皆も、少なからず何か力を持っているんだろう。
「人魚…大丈夫かしら」
『お友達が心配かい?』
耳に響いたのは、あの日に聞いた声。
気配なんて一切ないまま、一瞬にしてまとわり付くような不快感が体に降りかかる。背後に居る気配を感じたまま、振り返ることはせず、極力普通のトーンで声を出す。
「ええ、そりゃあ心配ですわ。皆が敵対してしまうんですもの…策略って恐ろしい」
『ははは!だって君が望んだのは刺激だろう?どうだい、この色鮮やかな刺激的な状況は!』
「刺激的…そうかもしれませんわね。でも、こんな事は私望んでいませんわ」
『君が望もうが望むまいが、物語は始まったのさ。君が手を取ったのはこの姿。君が進めてしまったのは、世にも残酷で悲しい物語!ああ、なんて事だろう!終わりはもう決まっている!君達が不幸になるっていう結末がね!』
「お黙りなさい」
『ふふ、怖ぁい…』
「あの子たちは、そんな単純な子たちじゃありませんのよ。結末を覆されて追い込まれるストーリーテラーなんて、滑稽ですわね」
『さぁて…滑稽な目を見るのはどちらかな?こっちは常に何が起きてるかを把握できる。最悪な状況に持っていく事もね』
「ならば導けばいいわ。…私、こんな虫唾の走るような物語の主人公なんて興味ありません」
『…なあんだ、つまらない。君って本当につまらない!刺激的な世界なんて君にはふさわしくないよ!君は一生あの森に居るべきだった!』
背後にいたと思った影は、急に目前に姿を現し、顔だろう部分が私の顔を覗きこむように近づけば、その口角は嘲笑するようにゆがむ。
『ねぇ、君はこの物語にいらないよ。いっそ消えてしまえばいい』
耳を伝い、脳に響く。脳の神経から、それが全身に溶けていくような感覚に陥れば、無意識にその場にへたりこんでいた。
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[side:茨]
赤頭巾の森を出て、オレは行くべき道を決めかねていた。
「シンデレラは赤頭巾の所、白雪と人魚…あいつらどこに行ってそうかな…」
物語の狭間の森で走り出していたはずの足が止まる。
思い出に縋っているつもりなんてないが、オレの中で大切な友人だったやつを、助けたいと思ったのも事実。…だがそれは、浅はかだったんだろうか。
「荊、どうしました?」
「え?あ、人魚……」
背後から掛けられた声に思わず背筋が粟立つ。だけどそれは困惑に繋がった。振り返って視界に入る相手は昔馴染みの人物で、その姿も声も聞きなれた物なのに、それはまるで、太刀打ち出来ない何かを目前にしたように、体を竦みあがらせた。
「…お前、なんかあったか?」
「何のことですか?何もありませんよ」
「いや、…うまく言えねぇけど、何か変だよ」
「変だなんて…人聞きの悪い」
頭の中で警鐘がなるのに、その原因がうまくつかめない。
必死で記憶の中の人魚を思い浮かべイメージを構築していく。
そう、こいつはこんなに冷たく笑うやつじゃなかった。
「そういえば、ねえ。シンデレラを見なかったかい?」
「…シンデレラ?何で?」
「何でって…彼の憂いを癒してあげないと」
「はぁ?何言って…」
「一人ぼっちのシンデレラを、永遠に私の傍に置いてさしあげようかと」
「…言ってる意味がわかんねぇよ…」
「永遠の眠りについてしまえば、きっとあの人も泣くことはなかった」
「…おい、何度も言うけどな、シンデレラとお前の言ってる『あの人』は別人」
「だから、ですよ。あの人で救われなかった私の想いは、今度こそ報われる」
「変な事考えるな。おい、どうしちまったんだよ!」
違和感だらけのピースを継ぎ接ぎして作られたような笑みを浮かべる相手に、わけもわからず怒りが芽生える。肩を掴んで引き寄せようとしたその手に触れた相手の掌が氷のように冷たくて息を飲む。
「…なんならあなたも、私の傍に置いてあげましょうか?…荊」
ああ、なんだって皆おかしくなっちまったんだよ!
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[side:シンデレラ]
耳心地の良い針の音が、室内に響く。
椅子にうなだれるように座る赤頭巾の姿は、先ほどの殺気じみた気配はなく、僕の知っている赤頭巾そのものだった。
「おい、随分情けないな。さっきまでの威勢はどうした」
「シンデレラ…俺は、どうしたらいいんだ…」
「そんなもの、君の運命だろ。君がしたいようにすればいい」
「俺は…この物語を終わらせたいんだ…永遠に続く時なんていらない。もういっそ誰か俺を殺してくれ…!」
彼の願いが自分と食い違っているだろう事に、予想はついていた。
あんな影から聞くまでもなく、彼が終わりを望むだろうことも。
もう一度彼の姿を見る。頭を抱え今にも嗚咽でも吐き出しそうな姿は、とても見るに耐えなかった。
「君は…君がいなくなる事で悲しむ人間がいるとは思わないのか」
「悲しむ…?さぁね…俺はあの世界じゃ死ねないし、こうして狂ったように年月も過ぎている。誰が、俺を…覚えているか」
「本当に馬鹿だな、相変わらずとでも言うべきか…」
「…?」
「君を忘れていないから、あの荊はここまできたんだろう」
「…シンデレラも?」
「か、勘違いするな!誰がお前の為だと言った!僕はただ、別件でここに寄っただけで…」
泣きそうだった彼から小さな笑みが漏れる。
ゆるく手を取られると、壊れ物でも扱うようにそっと握られた。
「…ああ、ちゃんと、生きてる。俺以外も、生きてるのか…」
「意味がわからないな…、物語が違うだけで僕らだって間違いなく存在している」
「そうか…」
「今度勝手な真似したら僕が許さないからな」
「勝手な真似?」
「僕の知らない所で命を落とすような事、だ。僕に関わった以上君の命も僕のものなんだからな」
「…ええと、初めて聞いた」
「ああ、今思いついた」
握られた手に力が篭り、赤頭巾の肩が震える。笑っているのだろうか。
立ったままの僕からは見下ろすような体制しか取れないから、彼の表情を読み取ることはできなかった。
ただ、触れた先の体温から、僕らがまだ存在しているのだろうという事は充分に理解できた。
「ありがとう、シンデレラ」
耳に届く言葉の意味が、何を示していたのか。
その時の僕にはまだわからなかった。
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物語は進んでしまった。
きっともう昔の自分に戻れないと、何人が理解したのだろう。
To Be continued